手作りについて


唐突ですが、「泥だんご」って知っていますか? 

 

小さい頃、園庭や校庭、公園などの土に水を含ませて丸くだんごを作り、何時間何日もかけて両手で擦って光らせるのが「泥だんご」です。

作ったことはなくても、見たり聞いたりしたことがあるかもしれません。

不思議なことに、本当に光沢が出てピカピカになるんです。

ただ・・・、悲しいことに作ってる間に気を抜いて雑に扱うと「ぐちゃ」っと割れちゃう。

泣きそうになるけれど、でも、また明日、作り始めます。

 

かなり前になりますが、TVでその「泥だんご」を題材にした特集番組を放映していました。

大阪の大学の先生が、幼稚園児に「泥だんご」の作り方を教えるというお話し。

 

先生は自分で作ったいくつものピカピカの「泥だんご」を持って、地元の幼稚園に行って子どもたちに見せました。

その輝きにみな興味津々、作り方を教わると早速作り始めました。

子供たちは夢中です!

でも、最初はなかなかうまくいかない。何度も割れて作り直し。

中には1日かけてかなり光ってきた「泥だんご」をつい落としてしまって木っ端微塵にしちゃった子供も。

その瞬間、表情は完全に固まってました! そしてもちろん、大泣き、です。

それでも、悔しいのか、また作り始めます。

 

数カ月経った頃、先生は実験を行いました。

特に熱中して作り続けてきた男の子の作る様子を眺めていました。

まだまだ「光る」とまではいきません。

 

しばらくして、不意に「これ、あげるよ」と言って、先生の作った「光る泥だんご」を手渡しました。

一瞬ビックリ戸惑いますが、なんたって今の自分では絶対作れないピッカピカの「光る泥だんご」です。

片手に自分の、もう片手に先生のが乗っかりました。

 

先生が「泥だんご」を教えに来た目的、それはまさにこの男の子(子どもたち)がこれからこの2つの泥だんごをどうするか、それを見たかったのです。

しばらく先生のをさわったり、眺めたりしてるうち、地面にそっと置きました。

そしてまた自分の「光らない泥だんご」を何時間も一所懸命磨きます。

やがて帰る時間。

2つの「泥だんご」を両手に持ち、先生の「光る泥だんご」を見てまたなにかを考えます。

やがて先生の前に来ると、せっかくもらった「光る泥だんご」を返しました。

「どうして?」「どうしても」。

 

翌日、男の子は、また自分の「光らない泥だんご」を何時間も一所懸命磨いていました。

もらった「光る泥だんご」より、自分で作る「光らない泥だんご」が言葉にできないけど好きなんだ。

そう先生は思います。

 

4才で、すでに自分で一所懸命作ってるものに愛着心や、愛おしさを感じる心が宿っている。

それがわかったことがとても嬉しい。

そんなドキュメンタリーでした。

 

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このドキュメンタリーは、手作りが単に綺麗な物を得ることが目的ではないことがよくわかります。

 

現代は、物は買えば簡単に手に入れることができます。

 

自分にとって、なにが大事なことなのか。

 

形のある物を手作りすると、大切なものは時間も手間も掛かることを、目に見える形で感じさせてくれます。

時間も手間も掛かるだけ、愛着と達成感は何よりも変えがたいものになるのでしょう。

 

常識的な美しさより、作る人が「楽しく、ちょっと苦労してがんばった指輪が一番!」。

手作りの最も大切なところです。